東京地方裁判所 平成5年(ワ)17437号 判決 1997年4月25日
原告 金田登志栄
被告 富士紡績株式会社 外二名
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告富士紡績株式会社は、別紙イ号物件目録記載のゴム紐を使用してはならない。
2 被告富士紡績株式会社は、その占有にかかる別紙イ号物件目録記載のゴム紐を廃棄せよ。
3 被告富士紡績株式会社は、別紙イ号物件目録記載のゴム紐を使用したトランクスを販売し、販売のために展示してはならない。
4 被告富士紡績株式会社は、その占有にかかる別紙イ号物件目録記載のゴム紐を使用したトランクスを廃棄せよ。
5 被告富士紡績株式会社は、原告に対し、金二一三〇万円及びこれに対する内金一二〇〇万円に対する平成五年九月二五日から、内金九三〇万円に対する平成六年一〇月五日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
6 被告西明株式会社は、別紙ロ号物件目録記載のゴム紐を使用してはならない。
7 被告西明株式会社は、その占有にかかる別紙ロ号物件目録記載のゴム紐を廃棄せよ。
8 被告西明株式会社は、別紙ロ号物件目録記載のゴム紐を使用したトランクスを販売し、販売のために展示してはならない。
9 被告西明株式会社は、その占有にかかる別紙ロ号物件目録記載のゴム紐を使用したトランクスを廃棄せよ。
10 被告西明株式会社は、原告に対し、金二一三〇万円及びこれに対する内金一二〇〇万円に対する平成五年九月二五日から、内金九三〇万円に対する平成六年一〇月五日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
11 被告株式会社桜井は、別紙ハ号物件目録記載のゴム紐を使用してはならない。
12 被告株式会社桜井は、その占有にかかる別紙ハ号物件目録記載のゴム紐を廃棄せよ。
13 被告株式会社桜井は、別紙ハ号物件目録記載のゴム紐を使用したトランクスを販売し、販売のために展示してはならない。
14 被告株式会社桜井は、その占有にかかる別紙ハ号物件目録記載のゴム紐を使用したトランクスを廃棄せよ。
15 被告株式会社桜井は、原告に対し、金二八一〇万円及びこれに対する内金一五五〇万円に対する平成五年九月二五日から、内金一二六〇万円に対する平成六年一〇月五日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
16 訴訟費用は被告らの負担とする。
17 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告の意匠権
原告は、左記の登録意匠(以下「本件登録意匠」という。)の意匠権を有している。
(一) 出願日 昭和六〇年一二月九日
(二) 登録日 平成四年一〇月二八日
(三) 登録番号 第八五九九五三号
(四) 意匠に係る物品 ゴム紐
(五) 登録意匠 別添本件登録意匠の意匠登録願に添付の図面代用見本写真のとおり
2 被告らの行為
(一) 被告富士紡績株式会社(以下「被告富士紡績」という。)は、遅くとも平成二年頃から、業として別紙イ号物件目録記載のゴム紐(以下「イ号物件」という。)を使用してトランクスを製造し、イ号物件を使用したトランクスを販売し、販売のために展示し、もって、イ号物件を業として使用し、譲渡し、譲渡のために展示している。
(二) 被告西明株式会社(以下「被告西明」という。)は、遅くとも平成二年頃から、業として別紙ロ号物件目録記載のゴム紐(以下「ロ号物件」という。)を使用してトランクスを製造し、ロ号物件を使用したトランクスを販売し、販売のために展示し、もって、ロ号物件を業として使用し、譲渡し、譲渡のために展示している。
(三) 被告株式会社桜井(以下「被告桜井」という。)は、遅くとも平成二年頃から、業として別紙ハ号物件目録記載のゴム紐(以下「ハ号物件」という。)を使用してトランクスを製造し、ハ号物件を使用したトランクスを販売し、販売のために展示し、もって、ハ号物件を業として使用し、譲渡し、譲渡のために展示している(以下において、イ号物件ないしハ号物件を総称して「被告ゴム紐」という。)。
3 本件登録意匠の構成態様
本件登録意匠の構成態様を文言で説明すれば、次のとおりである。なお、各部位の名称は別紙説明図面記載のとおりである。
(一) 基布の長さ方向の表面に三条の凸条を有する。
(二) 右の三条の凸条の間及び両側に四本の凹部が形成されている。
(三) 凸条は三条とも同じ太さであり、凸条の間の二本の凹部は同じ太さである。
(四) 基盤部は一ミリメートルの厚さを有した密の糸組成となっている。
(五) 凸条は基盤部から〇・八ミリメートル足らず突出している。
(六) 基盤部の一方の端に近い部分にはトランクスに縫製する際に、上下の方向が分かるように基盤部とは色の異なる一本の細い糸が入っている。
4 被告ゴム紐の意匠の構成態様
(一) イ号物件の意匠(以下「イ号意匠」という。)、ロ号物件の意匠(以下「ロ号意匠」という。)及びハ号物件の意匠(以下「ハ号意匠」という。なお、イ号意匠ないしハ号意匠を総称して「被告意匠」という。)の構成は、それぞれ別紙イ号ないしハ号物件目録記載のとおりである。
(二) これらを文言で表現すれば、いずれも次のとおりである。
(1) 基布の長さ方向の表面に三条の凸条を有する。
(2) 右の三条の凸条の間及び両側に四本の凹部が形成されている。
(3) 凸条は三条とも同じ太さであり、凸条の間の二本の凹部は同じ太さである。
(4) 基盤部は一ミリメートルの厚さを有した密の糸組成となっている。
(5) 凸条は基盤部から〇・八ミリメートル足らず突出している。
(6) 基盤部の一方の端に近い部分にはトランクスに縫製する際に、上下の方向が分かるように基盤部とは色の異なる一本の細い糸が入っている。
5 本件登録意匠と被告意匠との対比
(一) 本件登録意匠出願時である昭和六〇年当時、トランクス用のゴム紐は本件登録意匠に見られる三本の凸条のないものが使用されていた。そして凸条のないものと異なり、本件登録意匠は凸条を有するため、人間がトランクスを着用した際ゴムの部分に汗がたまらず肌当たりがソフトであるように感じ、かつこのような機能が視覚的に訴えられて美観を醸し出しており、本件登録意匠を見る者の注意を強く惹く部分は、表面の等幅・等間隔の三本の凸条部である。したがって、本件登録意匠の要部は、前記3(一)ないし(三)の点にある(以下、当該3(一)ないし(三)の構成を「本件登録意匠の(一)ないし(三)の構成」という。)。
(二) 本件登録意匠の構成態様と被告意匠の構成態様を対比すると、被告意匠は本件登録意匠の要部をそのまま具備している。しかも被告意匠は、本件登録意匠の構成態様をすべて具備しており、両者は同一又は少なくとも類似している。
6 損害額
(一) 実施料相当損害金
(1) 被告富士紡績は、平成四年一〇月二八日から平成六年九月三〇日までの間に、イ号物件を使用したトランクスを少なくとも六〇〇万枚(平成五年九月一六日までの間に少なくとも二九〇万枚)製造し、又は販売した。
そして、本件登録意匠の実施料相当額は、少なくともトランクス一枚当たり三円を下らないから、原告は、被告富士紡績の右の行為により、少なくとも一八〇〇万円の損害を受けた。
(2) 被告西明は、平成四年一〇月二八日から平成六年九月三〇日までの間に、ロ号物件を使用したトランクスを少なくとも六〇〇万枚(平成五年九月一六日までの間に少なくとも二九〇万枚)製造し、又は販売した。
そして、本件登録意匠の実施料相当額は、少なくともトランクス一枚当たり三円を下らないから、原告は、被告西明の右の行為により、少なくとも一八〇〇万円の損害を受けた。
(3) 被告桜井は、平成四年一〇月二八日から平成六年九月三〇日までの間に、ハ号物件を使用したトランクスを少なくとも八〇〇万枚(平成五年九月一六日までの間に少なくとも三八〇万枚)製造し、又は販売した。
そして、本件登録意匠の実施料相当額は、少なくともトランクス一枚当たり三円を下らないから、原告は、被告桜井の右の行為により、少なくとも二四〇〇万円の損害を受けた。
(二) 弁護士費用
(1) 原告は、被告富士紡績に対する本件訴訟を追行することを原告代理人らに委任したが、そのために必要な弁護士報酬額は、少なくとも三三〇万円を下らない。
(2) 原告は、被告西明に対する本件訴訟を追行することを原告代理人らに委任したが、そのために必要な弁護士報酬額は、少なくとも三三〇万円を下らない。
(3) 原告は、被告桜井に対する本件訴訟を追行することを原告代理人らに委任したが、そのために必要な弁護士報酬額は、少なくとも四一〇万円を下らない。
(三) 損害額合計
(1) 被告富士紡績につき二一三〇万円
(2) 被告西明につき二一三〇万円
(3) 被告桜井につき二八一〇万円
7 よって、原告は、本件登録意匠の意匠権侵害を理由として、
(一) 被告富士紡績に対し、
(1) 意匠法三七条一項に基づきイ号物件の使用の差止め及びイ号物件を使用したトランクスの譲渡、譲渡のための展示の差止め並びに同条二項に基づきイ号物件及びイ号物件を使用したトランクスの廃棄を、
(2) 民法七〇九条、意匠法三九条二項に基づき、損害賠償として金二一三〇万円及びこれに対する内金一二〇〇万円に対する不法行為の後であり訴状送達の翌日である平成五年九月二五日から、内金九三〇万円に対する平成六年一〇月四日付け訴変更申立書送達の翌日から各支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを、
(二) 被告西明に対し、
(1) 意匠法三七条一項に基づきロ号物件の使用の差止め及びロ号物件を使用したトランクスの譲渡、譲渡のための展示の差止め並びに同条二項に基づきロ号物件及びロ号物件を使用したトランクスの廃棄を、
(2) 民法七〇九条、意匠法三九条二項に基づき、損害賠償として金二一三〇万円及びこれに対する内金一二〇〇万円に対する不法行為の後であり訴状送達の翌日である平成五年九月二五日から、内金九三〇万円に対する平成六年一〇月四日付け訴変更申立書送達の翌日から各支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを、
(三) 被告桜井に対し、
(1) 意匠法三七条一項に基づきハ号物件の使用の差止め及びハ号物件を使用したトランクスの譲渡、譲渡のための展示の差止め並びに同条二項に基づきハ号物件及びハ号物件を使用したトランクスの廃棄を、
(2) 民法七〇九条、意匠法三九条二項に基づき、損害賠償として金二八一〇万円及びこれに対する内金一五五〇万円に対する不法行為の後であり訴状送達の翌日である平成五年九月二五日から、内金一二六〇万円に対する平成六年一〇月四日付け訴変更申立書送達の翌日から各支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを、
それぞれ求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1及び2は認める。
2 請求原因3のうち、本件登録意匠が(一)ないし(三)、(五)及び(六)の構成態様からなっていることは認める。
3 請求原因4のうち、被告意匠が、(二)の(1) ないし(3) 及び(6) の構成態様を有することは認めるが、(二)の(4) 及び(5) の構成態様を有するとの主張は争う。原告主張のように数値を厳密に限定することはできない。
4(一) 請求原因5(一)は否認する。
原告が、本件登録意匠の要部であると主張する部分は、いずれも本件登録意匠の出願(昭和六〇年一二月九日)前において、既に公知ないしありふれたものとなっていたから、これを要部と解することはできない。
(二) 請求原因5(二)は争う。
5 請求原因6の(一)ないし(三)の各販売数量は否認し、その余は争う。
被告富士紡績が平成四年一〇月二八日から平成五年九月一六日までの間にイ号物件を使用したトランクスを販売した枚数は、概算で二四〇万枚程度であり、被告西明がロ号物件を使用して同期間に販売したトランクスの枚数は、一二〇万七五〇〇枚程度であり、被告桜井がハ号物件を使用して同期間に販売したトランクスの枚数は、一二三万五〇〇〇枚程度である。
6 請求原因7は争う。
なお、意匠法三七条二項が意匠権者に認めている廃棄請求は、侵害の行為を組成した物に限られるのであって、仮に被告らに意匠権侵害の事実があったとしても、その範囲はゴム紐部分に限られると解すべきであるから、イ号物件ないしハ号物件を使用したトランクス自体の廃棄請求の主張は失当である。
三 抗弁
1 自由意匠の抗弁(主位的抗弁)
(一) 本件登録意匠は、後述するとおりその出願時に既に公知となっていたものであり、誤って登録された無効なものである。このような公知の意匠が誤って登録されてしまった場合でも、そもそも対象となっている公知の意匠は万人の共有財産であると言うべきであるから、これを実施することは万人に許されているのであり、このような意匠に関して意匠権の名の下に独占的権利を認めることは許されない。
(二) 公知意匠の存在
(1) 遅くとも昭和五九年八月から、品番PN3032又はRN3032のゴム紐(乙第七号証に添付されているゴム紐及び乙第二六号証に添付されているゴム紐と同一意匠のゴム紐)が、中村又雄製紐こと中村又雄により製造され、ゴム紐販売商社である株式会社ロンデックス(以下「ロンデックス」という。)に大規模に販売されている(乙第八号証の一ないし七、甲第一七号証)。ロンデックスは、当時から右ゴム紐を被告西明に継続的に納入し、被告西明は、このゴム紐を使用したトランクスを製造販売してきた。
右ゴム紐(以下「中村ゴム紐」という。)と本件登録意匠との唯一の差異は、基盤部の一方の端に近い部分に基盤部と色の異なる一本の線が入っているかどうかの一点に過ぎない。しかし、基盤部の一方の端に近い部分に異なる色の糸を入れることは、本件登録意匠の出願前から同業者の間で広く行われていたことであり、それ自体は何ら創作性がない。本件登録意匠は、右ゴム紐の意匠の同一性の範囲内に含まれるものである。
(2) また、昭和五八年までに、本件登録意匠とほぼ同一の意匠を有するゴム紐が、昭和四五年に西ドイツのゴールド・ザック社から技術提携を受けたウシオ工業株式会社(以下「ウシオ社」という。)によって日本に最初に紹介され、製造販売されていた。
<1> ウシオ社は、昭和四五年当時、ゴム紐のサンプル帳を日本国内の各取引先に販売促進のため持ち込んだが、そのサンプルの中には、本件登録意匠の(一)ないし(三)の構成と同様の「基布の長さ方向の表面に三条の凸条を有し、その三条の凸条の間及び両側に四本の凹部が形成され、この凸条は三条とも同じ太さであり、凸条の間の二本の凹部は同じ太さである」ゴム紐(品番6207)が展示されていた(乙第九号証。以下「6207ゴム紐」という。)。
<2> ウシオ社は、6207ゴム紐と同型の次の各ゴム紐を、昭和四五年以降、ウシオ社内又はゴム紐製造業者に依頼して製造し、これを販売した。
i 遅くとも昭和五七年には、乙第三二号証の織物試作試験表に添付された試験番号「11957-01」のゴム紐を開発・製造し、白鷹メリヤス株式会社に納入した。
ii 遅くとも昭和六〇年六月には、品番「1200-32SPT」のゴム紐を開発・製造し、それぞれを荒井製紐工業に外注生産させて、村島繊維工業株式会社に販売・納入した(乙第四五号証ないし四七号証)。
iii 遅くとも本件登録意匠出願前までに、品番「1000-D」(乙第四二号証)と同一のデザインのゴム紐を製造し、又は荒井製紐工業に外注生産させてこれを購入した。また、遅くとも本件登録意匠出願前までには、品番「1000-D」のゴム紐を荒井製紐工業から購入して販売した。さらに、遅くとも本件登録意匠出願前までには、ウシオ社から独立した吉村正司が代表取締役を務めるヨシムラ産業株式会社が、品番「1000-D」のゴム紐を荒井製紐工業から購入して株式会社レナウンに販売した(乙第四二号証及び乙第四三号証)。
<3> また凹凸のある織ゴムは、昭和四五年以前に、既にミズノから販売されていたスポーツウエアに使用されていたものであり、この結果、遅くとも昭和五〇年の初めには、三条の凸部が基布の長さ方向に生ずることが一般的になっていた。
なおトランクスに縫製するときに、上下の方向がわかるように基盤部と色の異なる糸を縫いつけるという手法は、昭和四〇年代から行われているものである。
(3) また、遅くとも昭和五九年一一月五日には、基布の長さ方向の表面に三条の凸を有し、その三条の凸の間及び両側に四本の凹部が形成されている織ゴムが、多数の織ゴム業者の団体である石川県ゴム入織物協同組合に提出され、公知となっている(乙第五二号証)。
右提出されたゴム紐のうち、本件登録意匠出願前までに右組合に提出され、基布の長さ方向の表面の三条の凸の太さが概ね同じものは、乙第五二号証の一三五及び一四五に添付されているゴム紐である。
(三) したがって、本件登録意匠は出願前に公知ないしありふれたものであるから、これを自由に使用できるものである。
2 先使用の抗弁(予備的抗弁)
被告西明は、右1(一)(1) のように、本件登録意匠と同一のゴム紐の意匠をロンデックスから知得し、本件登録意匠出願の際、既に業として右意匠にかかるゴム紐を使用してトランクスを製造していたので、意匠法二九条に基づき、本件意匠権についての通常実施権を有している。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1について
(一) 同(一)の主張は争う。そもそも自由意匠の抗弁は認められるものではなく、主張自体失当である。
(二) 同(二)(1) の事実のうち、本件登録意匠出願当時、トランクスに縫製するとき上下方向がわかるよう基盤部と色の異なる糸をゴム紐に縫いつけることがありふれたものであったこと、本件登録意匠と乙第七号証添付のゴム紐の意匠が類似していることは認め、その余は否認する。
同(二)(2) の事実のうち、ウシオ社が昭和四五年に西ドイツのゴールド・ザック社から技術提携を受けたこと及びウシオ社が、昭和四五年当時、ゴム紐のサンプル帳を日本国内の各取引先に販売促進のため持ち込んだことは知らない。その余の事実は否認する。
同(二)(3) の事実は否認する。
(三) 本件登録意匠は、原告が試行錯誤を繰り返した末、昭和六〇年にようやく創作されたものであり、原告は、昭和六〇年一二月九日に本件登録意匠を出願し、昭和六一年から本件登録意匠を使用したトランクスが市場に出ている。ところが、昭和六三年に拒絶査定がなされ、この審判に時間を要したため、平成四年に意匠登録がなされるまで七年の歳月が経過した。この間、本件登録意匠は優れていたため、原告が意匠権を取得するまでに広くトランクス業界にゆきわたったが、原告の出願前に本件登録意匠が公然知られていた事実はない。
原告は、昭和六〇年頃、トランクスの業界トップメーカーであるオグラン株式会社でトランクスの企画製造販売を担当していた山地光男からの依頼を受けつつ、本件登録意匠を創作したが、右依頼の頃、オグランが行ったトランクスの市場調査の結果では、本件登録意匠のゴム紐のような三本の凸条を有するゴム紐は全くなかった(甲第一四号証)。この際原告も同様の調査を行ったが結果は同じであった。また、本件登録意匠を実施したゴム紐を使用したトランクスを市場に出した際にも、このようなゴム紐が既に存在することを指摘されたことは一切なかった。
(四) 被告らが提出する証拠は、いずれも公知性の立証手段としての証明力を有していない。
ある意匠がある時点において公知であったかどうかの立証は、ある意匠が存在した時点について特許庁の公報類のような客観的に成立時期が担保された証拠によるべきである。ところが、被告が公知性の立証手段として提出している証拠は、本件紛争の真の当事者である西日本繊維雑品商業協同組合及び石川県ゴム入織物協同組合又はこれと同視できる者が、公知であったと述べたに過ぎないものあるいはその支配下にあり改竄の容易なものばかりである。したがって、これらの証拠は客観性の担保された証拠ではなく、改竄された証拠である。
2 抗弁2は否認する。
前記1(三)のとおり、本件登録意匠に係るゴム紐は原告が創作し、昭和六一年からそのゴム紐を使用したトランクスが市場に出たのであって、被告西明が、本件登録意匠の意匠登録出願の際に、既に本件登録意匠と同一のゴム紐を使用してトランクスを製造していた事実はない。
第三証拠<省略>
理由
第一請求原因1(原告の意匠権)、2(被告らの行為)及び3(本件登録意匠の構成)の(一)ないし(三)、(五)及び(六)は当事者間に争いがない。また、原告保管の本件登録意匠出願書類控えに在中するゴム紐であり、本件登録意匠の出願書類に図面代用見本として添付したゴム紐と同じものであることにつき当事者間に争いがない検甲第一号証によれば、本件登録意匠の構成態様(四)に関し、本件登録意匠に係るゴム紐の基盤部は、約一ミリメートルの厚さを有した密の糸組成となっていることが認められる。
また、被告意匠が請求原因4(二)の(1) ないし(3) 及び(6) の構成態様を有することは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によりイ号物件であると認められる検甲第二号証の一、ロ号物件であると認められる検甲第三号証の一、ハ号物件であると認められる検甲第四号証の一によれば、被告意匠に係るゴム紐は、いずれも基盤部が約一ミリメートルの厚さを有した密の糸組成となっていること、凸条は基盤部から約〇・八ミリメートル足らず突出していることが認められる。
右認定の事実によれば、被告意匠は、いずれも本件登録意匠と同一の意匠であることが認められる。
第二被告の抗弁1(自由意匠の抗弁・出願前公知意匠の抗弁)について
(なお、抗弁1(二)(2) <2>の主張は、準備手続を経て作成された要約調書の第四の一2に記載された主張をその後の口頭弁論において具体的に整理し直したものであって、準備手続において提出された証拠に基づく主張であるから、抗弁1(二)(2) <2>を主張することに何らの妨げはない。)
一 抗弁1(二)(1) (公知意匠としての中村ゴム紐)について
1 証人中村又雄の証言により真正に成立したものと認められる乙第三号証及び乙第八号証の一ないし七、証人西下誠彌の証言(第一回)により真正に成立したものと認められる乙第一四号証の一、二、乙第一五号証の一、二、乙第一六号証の一ないし五、第一七号証の一、二及び乙第二七号証、証人藤田すみ子の証言により真正に成立したものと認められる乙第五二号証の一ないし一四六(但し、添付されているゴム紐は除く)及び乙第六七号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第六〇号証、証人中村又雄、同藤田すみ子、同西下誠彌(第一回)の各証言及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。
(一) ロンデックスは、ゴム紐(織ゴム)内のゴム糸の製造及びゴム紐の企画・開発・販売等を業とする株式会社であり、同社で企画・開発したゴム紐は同社の協力工場にその製造を委託し、これをトランクス等の縫製メーカーに販売している。
ロンデックスの協力工場の一つである中村又雄は、先代の跡を継ぎ、昭和四〇年ころからゴム紐の製造及び卸販売をしており、遅くとも昭和五九年八月ころから、RN3032及びPN3032との品番の付いたゴム紐をロンデックスに納入していた。
(二) 中村が居住する石川県河北郡地区は、国内で製造されるゴム入織物の約九〇パーセントを占める生産地であるが、ほとんどの製造業者が零細な個人企業であるため、各業者の経済的地位の向上を目的として石川県ゴム入織物工業協同組合(以下「石川組合」という。)が設立され、中村も同組合員である。
石川組合では、零細な組合員が取引先からのゴム紐の価格引き下げ要求に対抗できるよう、組合員が製造するゴム紐の標準的な価格を試算するため、組合員が持ち込むゴム紐の原価計算を行ってきた。原価計算は、ゴム紐を経糸、緯糸及びゴムの部分に分解し、ゴム紐一反当たりの原料の重量及び割合を計算して原料価格を算出しこれに平均的な工賃等を加算することによって行われ、その結果は一冊の簿冊となった原価計算書に順次記入された。原価計算書に数値を記入する際には、カーボン紙を用いて原価計算書を同時に二枚作成し、二枚一組となった下側(厚手の用紙)を簿冊から切り離して組合員に交付し、簿冊に残った簿手の用紙を石川組合の控えとして同組合に保管するのが通常であった。また、分解後のゴム紐に余りがあるときには、これをホチキスで双方の原価計算書に貼付しており、昭和四七年一二月ころからは藤田すみ子が右作業を担当していた。
(三) 他方、ロンデックスは、同社が企画・開発したりトランクスメーカーから持ち込まれる規格による新たなゴム紐の製造を協力工場に委託する前に、当該ゴム紐の最終サンプルの幅、厚さ、性能等についての試験結果をまとめ、協力工場に対する指示書(規格書)の基となる「織ゴム試験成績」と題する書面(以下「織ゴム試験成績書」という。)を作成し、同書面には試験の対象となったゴム紐をサンプルとして貼付していた。品質管理の目的で、既に製品化され市場に出たゴム紐についても同様の試験が行われていた。
2 被告らは、乙第七号証の原価計算書並びに乙第二五号証及び乙第二六号証に貼付されているゴム紐が、品番PN3032のゴム紐である旨主張するところ、右書証に貼付されているゴム紐は、本件登録意匠の(一)ないし(三)の構成態様を備えていることが認められる。
(一)(1) 乙第七号証の存在自体によれば、乙第七号証は、石川組合の原価計算書用紙の厚手のものに直接ボールペンで記入されており、係欄に「藤田」の印が押捺され、日付欄に「63・11・25」のゴム印が押捺されている。品名欄の「PN3032」「RN」の記載は筆跡が異なり、工場名欄の「中村又雄」の記載は、各種数値の記載のボールペンとは色合い太さが異なる。見本欄にホチキスで留められたゴム紐と用紙にかけて、長円形の石川組合の印が割印されている。
(2) 証人藤田すみ子の証言(後記措信しない部分を除く)によれば、乙第七号証の記載と当法廷で乙第七号証貼付のゴム紐の一部を分解した結果確認された貼付されているゴム紐の実際の性状とは、以下のように異なっている。すなわち、
<1> 緯糸のデニール(糸の太さ)欄に「エステル300」と記載されているが、実際は二〇〇番と思われること。
<2> 経糸及び緯糸の色別欄の晒に丸印が付されているが、実際は生成であること。
<3> 経糸の本数欄には「106本」と記載されているが、実際は一〇一本あるいは一〇二本であること。
<4> 巻ゴムは「スパン840 晒」と記載されているが、実際は普通ゴムの四四番であり、色も生成であること。また、巻ゴムの本数は「20本」と記載されているが、実際は一九本であること。
(3) 証人藤田すみ子は、右相違につき、デザインが一見して似ている場合には、経糸、緯糸及びゴム糸の本数の値はあまり変わらず、原価計算のポイントであるこれらの目方は総体的には大差がないから、組合員が原価計算書の作成を急ぐときは似かよったデザインのゴム紐の原価計算書を写す場合もあり、本件では、乙第五二号証の一三〇の原価計算書を写したものだと思う旨証言する。そして、同号証の原価計算書には、三本の凸条を有するゴム紐が貼付されているとともに、巻ゴムについて「OP 840」と記載されているほかは、乙第七号証の原価計算書の記載と一致する各数値が記載されている。
しかしながら、同証人は、巻ゴムがスパンかOP(オペロン)かは分解しなければ肉眼では判別できない旨証言しており、もし機械的に乙第五二号証の一三〇の原価計算書を写して乙第七号証の原価計算書を作成したのであれば、「OP 840」と記載されるはずであるのに実際には「スパン840」と記載されており、このような記載の不一致が生じる合理的理由を見出すことはできない。
したがって、乙第五二号証の一三〇の原価計算書を写して乙第七号証の原価計算書を作成したと思う旨の証人藤田すみ子の証言の部分は直ちには信用できない。
(4) 証人中村又雄、同藤田すみ子の証言によれば、乙第七号証の品名欄「PN3032」「RN」の記載は中村が記入し、工場名欄の「中村又雄」の記載は、本件紛争が発生し、特許庁又は裁判所へ乙第七号証を証拠として提出する直前に石川組合の松尾専務理事が記入したものであり、更に松尾専務理事は、本件紛争が発生し、甲第一八号証を特許庁へ証拠として提出する直前に、保存されていた原価計算書の控えのうち、三条の凸条を有する見本が貼付されたものに用紙と見本にかけて石川組合の長円形の印を押捺したことが認められる。
また、乙第七号証の原価計算書には石川組合用の控えが存在しない。
(5) 右(1) ないし(4) に認定判断したところによれば、乙第七号証に貼付されたゴム紐が「PN3032」あるいは「RN3032」のゴム紐であること、貼付されたゴム紐が昭和六〇年一一月二五日当時から乙第七号証の見本欄に貼付されていたことは極めて疑わしく、到底信用できない。
(二) また、乙第二五号証及び乙第二六号証、証人西下誠彌の証言(第二回)によれば、昭和六〇年一二月五日付けのロンデックスの織ゴム試験成績書である乙第二五号証及び乙第二六号証のうち、乙第二六号証には「RN3032(マレーシア使いはLN3032)」との記載があること、それらの「ゴム糸本数欄」にはいずれも「18」と記載されていながら、貼付されている実際のゴム紐のゴム糸本数は一九本であることが認められる。
しかしながら、前記認定の織ゴム試験成績書の作成目的に照らすと、このような齟齬が生じるのは不可解というほかなく、前掲乙第一四号証の一、乙第一五号証の一、乙第一六号証の一、二、乙第一七号証の一には、当時の織ゴム試験成績書の作成担当者であり現在はロンデックスを既に退社している行川の記名印が押されているが、乙第二五号証及び乙第二六号証にはこれがない。
以上によれば、乙第二五号証及び乙第二六号証に貼付されたゴム紐が、「RN3032」あるいは「PN3032」のゴム紐であること、貼付されたゴム紐が昭和六〇年一二月五日当時から乙第二五号証及び乙第二六号証に貼付されていたものと認めることはできない。かえって、右のような不自然な点を考慮すると、何らかの作為がはたらいた疑いがある。
(三) 以上のとおりであるから、乙第七号証、あるいはその証明力を補強するはずの乙第二六号証に貼付されたゴム紐が、右各書証の作成日付当時から各書証に貼付されていたものとは認められないから、その余の点について検討するまでもなく、右各ゴム紐の意匠が、本件意匠登録出願当時公知であったことを認めるに足りる証拠はなく、抗弁1(二)(1) の主張事実を認めることはできない。
二 抗弁1(二)(2) (公知意匠としての6207ゴム紐)について
1 証人延命寺重義の証言により真正に成立したものと認められる乙第四号証、乙第六号証、乙第九号証、乙第三一号証ないし乙第三六号証、証人吉村正司の証言により真正に成立したものと認められる乙第三〇号証、証人延命寺重義、同吉村正司の各証言を総合すると、以下の事実が認められる。
(一) ウシオ社は、細幅織ゴム、細ゴム、細紐、各種弾性繊維の製造販売等を目的として大正七年に創業され、国内における織ゴム、ゴム紐の製造販売の最大手であったが、昭和五八年に和議手続きが開始され、昭和六一年三月に右手続きの一環として株式会社三景サンレーヌにゴム紐の卸売部門の営業を譲渡した。
(二) ウシオ社は、昭和四五年一〇月、その当時欧州六カ国に自社工場及び合弁企業工場を有する欧州最大規模の繊維雑品類の製造販売会社であった西ドイツ(当時)のゴールド・ザック社と各種ゴム紐のデザインや製法に関する技術提携契約を結び、昭和五〇年に契約関係が解消されるまで、適宜ゴールド・ザック社から、用途別にゴム紐の見本を集めたサンプル帳、短冊状のプラスチック板に取り付けられたサンプル帳に収められている個々のサンプルと同じ形式の追加のサンプル、これらのサンプルの製造に必要な規格書、仕様明細書及び説明書の提供を受けた。右契約に基づいて提供されたサンプル帳は合計二〇冊程に上ったが、前記(一)の営業譲渡の際、ほとんどのサンプル帳は散逸してしまい、現存するのは紳士肌着用のゴム紐の見本を集めた乙第九号証のサンプル帳(以下「本件サンプル帳」という。)を含め五冊程度であり、ウシオ社の常務取締役から株式会社三景サンレーヌに移籍した延命寺証人が本件サンプル帳を保管していた。
ウシオ社では、ゴールド・ザック社からサンプル帳が送られて来る都度、神戸本社と東京及び大阪の各支社の営業部員(それぞれ一〇名ないし一五名程度)にこれを回覧させるとともに、これを格別に秘密として扱うことなく各営業部員が営業活動の一環としてサンプル帳や仕様書等を携えて各取引先を回って客先の担当者に示し、注文を受ける参考とした。グンゼ、福助、レナウン、被告富士紡績といった紳士用肌着メーカー大手のほか、白鷹メリヤス、カネタシャツ等がウシオ社の取引先であった。
本件サンプル帳には、合計七七種類のゴム紐のサンプルが収められているが、その中には、本件登録意匠の(一)ないし(三)の構成態様を備え全体が肌色の品番6207のゴム紐(別紙ゴールド・ザック社サンプル写真中、上から三番目のもの)が含まれており、ウシオ社の営業部員による本件サンプル帳を示しての営業活動は、昭和四七年ころから同社について和議手続が開始されるまでの間の相当の期間行われた。
2 右認定事実によれば、ウシオ社の営業部員は、本件登録意匠の(一)ないし(三)の構成態様を備えた別紙ゴールド・ザック社サンプル写真の上から三番目の6207ゴム紐を収めた本件サンプル帳を各取引先に持ち込んで、昭和四七年ころ以降、仮に6207ゴム紐に追加のサンプルとして送付され本件サンプル帳に挿入されたものとしても昭和五〇年ころ以降、相当長期間販売活動を行っており、本件サンプル帳を示した取引先もウシオ社のゴム紐の製造販売業界における地位に照らすと、大手の紳士用肌着メーカーその他中小の紳士用肌着メーカーを含めて、その取引先の数は決して少なくなく、6207ゴム紐に接し、その意匠を知った取引先の担当者の数も相当数に上ったもの認められる。
したがって、6207ゴム紐の意匠は、本件登録意匠の出願前において、少なくとも紳士用肌着メーカーの担当者及びウシオ社の営業部員を中心とする従業員の不特定、多数の者に知られていた、すなわち公然と知られていたものと認められる。
3 もっとも、本件においては、被告らが公知意匠の証拠として当初提出した乙第七号証(中村ゴム紐)及び乙第二六号証(織ゴム試験成績書)には前記一のとおりの不自然な点が存在し、被告側関係者の中には、既存の書類を改変して本件訴訟に提出することを意に介さない者があることが疑われ、原告も乙第九号証は信用できない旨主張するので以下に検討する。
(一) 乙第九号証自体によれば、本件サンプル帳の体裁については以下の事実が認められる。
(1) 本件サンプル帳は、その表紙部分上段に「Elastic Samples」、下段にマークとともに「ウシオ工業株式会社」とそれぞれ印刷され、後記(2) のようなゴム紐の見本を納めた透明プラスチック板又はボール紙の台紙が入った計五枚の透明ビニール袋が編綴されており、透明ビニール袋は四ヶ所あるネジ式の留め具を緩めることで脱着自在となっている(なお、留め具の一つは雄ネジが失われている。)。
(2) 一つのゴム紐の見本は、その幅に応じた短冊状の、見本よりやや短い黒色プラスチック板を見本よりやや長い灰色プラスチック板上に左右に灰色板が出るように重ねて中央部分を接着したものに、ゴム紐見本を重ねるようにし、ゴム紐の両端部を黒色板の各端部を包み込むように黒色板と灰色板の間に折り込んで、表面のゴム紐の下で、黒色板と折り込まれたゴム紐の端部と灰色板とを、幅が太く長さの短いホチキス様のステープルで取り付けたもので(以下これを「見本短冊」という。)、見本短冊の左端の灰色板上には、当該ゴム紐の品番、幅等が記載されたシールが貼られている。本件サンプル帳には合計七五本の見本短冊が納められているが、そのうち五八本の見本短冊には、シール右側のほぼ同じ位置に金色の波線模様が上下方向に付されている。
これらの見本短冊は、透明プラスチック板あるいはボール紙の台紙で九本ないし一〇本ずつにまとめられている。
(3) 透明プラスチック板は両側が折り曲げられ、見本短冊の両端の灰色板部分を折り曲げ部分が挟み込むようになっており、折り曲げ部の四隅を金属の鳩目で固定することと相まって見本短冊が容易に脱落しないようになっている。透明プラスチック板は合計六枚あり、それぞれの右端上部には、「ELASTIC LTD」「BASLE」と記載されたシールが貼られ、左端上部には、通し番号ともとれる数字が打ち込まれたプラスチック製シール(1ないし6)が貼られており、このうち、2、5及び6の番号の付いた透明プラスチック板については、見本短冊が一本又は二本入る余地を残している。なお、全ての透明プラスチック板には、折り曲げ部分が割れていたり角部が欠け落ちている等の傷みがあり、折り曲げ部の金属が一部なくなっているものもある。
(4) 他方、ボール紙の台紙にまとめられたものは二枚あり、見本短冊の両端がセロテープで台紙に留められている。このうちの一枚に6207ゴム紐の見本短冊が留められている。そして、6207ゴム紐の見本短冊の左端に貼られたシールの形状、色彩等の態様、シールに記載された数字や文字の字体、大きさ、配列、灰色板及び黒色板の状況、ゴム紐見本のプラスチック板への取付け方、ステープルの状況は、本件サンプル帳の中の他の見本短冊と何ら異なる点はない。
6207ゴム紐の見本短冊左端のシールの右側に金色の波線模様は付されていないけれども、金色の波線模様が付されていないのは、6207ゴム紐に限ったことではなく、一七本の見本短冊にも付されていない。
金色の波線模様が付されていない他の一六本の見本短冊の状況も、本件サンプル帳中の波線模様の付された見本短冊と異なっていない。
(5) 一方のボール紙の台紙に張られた6207ゴム紐の見本短冊を含む九本の見本短冊は、先ずその左側を一本の透明ビニールテープで留めて全体をまとめた後、更に両側をボール紙の台紙と一緒に透明ビニールテープで留められているが、6207ゴム紐を含む見本短冊への透明ビニールテープの付着具合に不自然な点は見受けられず(品番等を表示したシール部分も見本短冊面上の透明ビニールテープの端部の糊のにじみ具合や埃の付着具合も他の見本短冊と同じである)、本件係争が問題になった最近になって6207ゴム紐の見本短冊(プラスチック板)そのものを台紙から剥がしてゴム紐を付け替えたものとは認められない。さらに、ホチキス様ステープルが存在する位置に対応するボール紙台紙の裏面(見本短冊の付いていない方)が僅かに突出することによる擦れや汚れの部分も、現状の金属位置(留め位置)に一致しており、ボール紙の変色の度合や四隅の痛み具合、裏面の透明ビニールテープの付着状況や接着剤の滲み具合からすれば、訴訟提起の前後に九本の見本短冊全部を一旦台紙から剥がして6207ゴム紐を付け替えたうえ、再度台紙に付け替えたものとも認められないし、ゴム紐を短冊状のプラスチック板に留めているホチキス様のステープルの状況にも何ら他と変わったところはなく、一旦これを抜いて留め直したような様子は見受けられない。
また、ボール紙に短冊状プラスチック板を貼り付けたままの状態でゴム紐のみを取り替えることは不可能であると思われる。
(二) 見本短冊に金色の波線模様が付されたものと付されていないものとがあることは、一冊のサンプル帳としては不自然のようである。しかしながら、ゴールド・ザック社からウシオ社へは、サンプル帳が提供されただけではなく、追加のサンプルも提供されたことは前記認定のとおりであり、金色の波線模様の付されていないものは追加分であった可能性があり、何よりも、金色の波線模様の付されていないものは6207ゴム紐の見本短冊だけではなく一七本あり、それらの状況も、波線模様のないこと以外は他の見本短冊と異ならないのであるから、6207ゴム紐の見本短冊の証明力を左右するものではない。
また、6207ゴム紐の見本短冊がボール紙の台紙に貼られている点は、6207ゴム紐の見本短冊が貼られたものの外にもう一枚ボール紙台紙のものがあるうえ、右(一)(3) に認定した本件サンプル帳の透明プラスチック板の傷みの状況からすれば、ウシオ社の営業部員が本件サンプル帳を頻繁に取引先へ持参し、見本短冊を透明プラスチック板から取り出す等のことが重なった結果プラスチック板が破損したため、便宜上透明プラスチック板からはずしてボール紙に貼り付けられた可能性が高く、6207ゴム紐の見本短冊及び本件サンプル帳全体の前記の状況を考え併せると、6207ゴム紐の見本短冊がボール紙の台紙に貼られていることも、6207ゴム紐の証明力を左右するものではない。
三 自由意匠の抗弁・出願前公知意匠の抗弁について
1 意匠法三条一項は、意匠登録出願の拒絶理由として、意匠登録出願前に日本国内又は外国において公然知られた意匠(一号)、意匠登録出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物に記載された意匠(二号)、前二号に掲げる意匠に類似する意匠(三号)を定めている(同法四条には三条一項一号又は二号に該当するに至らなかったものとみなされる場合が規定されている。)。
したがって、意匠法は、右四条に該当する場合を除き、前記一号及び二号の意匠(以下「公知意匠」という。)及び公知意匠に類似する意匠について意匠登録されることがないこと、逆から言えば、ある登録意匠の範囲には、当該登録意匠との関係での公知意匠及び公知意匠に類似する意匠は含まれないことを前提としているものということができる。実際の意匠登録出願に対する審査の過程で公知意匠の存在又は出願に係る意匠が公知意匠に類似することが看過された結果、当該出願意匠が登録されるに至る場合があることは当裁判所に顕著であるが、そのような場合に、公知意匠の存在又は出願に係る意匠が公知意匠に類似することを理由に、意匠登録を無効とする審判を請求して意匠登録を無効とする審決を得られることは、権利成立の要件を本来具備しない意匠登録への対応として意匠法の予定しているところである(四八条)。
しかし、右のような権利成立上の瑕疵のある意匠権に基づく差止請求その他の請求を受けた相手方としては、右のような意匠登録を無効とする審判の請求ができることとは別に、自己の実施している意匠が当該登録意匠との関係での公知意匠と同一あるいは実質的に同一であることを主張、立証して、当該登録意匠の範囲に含まれないという意味での請求権不発生の抗弁(これを名付けるならば「出願前公知意匠の抗弁」と呼ぶことができよう。)とすることができるものと解するのが相当である。即ち、前記のとおり、意匠法三条一項は、登録意匠の範囲には当該登録意匠との関係での公知意匠及び公知意匠に類似する意匠は含まれないことをも規定したものと解釈することができ、これに意匠権の効力が登録意匠及びこれに類似する意匠に及ぶとの趣旨の意匠法二三条の規定を併せ考えても、登録意匠の意匠権の効力は、少なくとも当該登録意匠との関係での公知意匠には及ばないというのが意匠法の条文の趣旨と解されるばかりでなく、実質的に考えても、公知意匠の存在によって無効事由があるのにこれを看過して登録された意匠権に基づいて当該公知意匠と同一の意匠の実施の差止請求等の請求を認容するのは、ものの道理に合わないからである。
意匠法二四条は、「登録意匠の範囲は、願書の記載及び願書に添附した図面に記載され又は願書に添附した写真、ひな形若しくは見本により現わされた意匠に基づいて定めなければならない。」と定めているが、右規定は、登録意匠は、適正な審査を経て実体法上の登録要件を具備したもののみが登録されるという法の本来予定した健全な事態を前提として登録意匠の範囲の定め方を規定したものであり、意匠法の運用上避け難いものとはいえ、権利成立上の瑕疵のある意匠権に基づいて差止請求がされるという法の予定したところからいえば病的な事態に対応して、意匠法三条一項の解釈に基づいて、前記のような権利不発生の抗弁とする余地を認めることは、意匠法二四条に何ら矛盾するものではない。
また、右のような抗弁を認める場合には、裁判所は、相手方(被告、債務者等)の実施している意匠が公知意匠と同一あるいは実質的に同一であることを認定して、当該実施意匠が登録意匠の範囲にも登録意匠と類似する範囲にも属さないことを判断するのであって、当該意匠登録が無効である旨判断するものでないことは当然である。
2 前記乙第九号証によれば、6207ゴム紐にかかる意匠の構成態様は、
(一) 基布の長さ方向の表面に三条の凸条を有する。
(二) 右の三条の凸条の間及び両側に四本の凹部が形成されている。
(三) 凸条は三条とも同じ太さであり、凸条の間の二本の凹部は同じ太さである。
(四) 凸条の太さは、凸条の間の凹部の太さの四倍前後で、三条の凸条の両側の凹部は、凸条の間の凹部より幾分太い。
(五) 基盤部は約一ミリメートルの厚さを有した密の糸構成となっている。
(六) 凸条は基盤部から約〇・五ミリメートル突出している。
(七) 基盤部の一方の端に近い部分に、基盤部と色の異なる一本の細い糸が入っていない。
であることが認められる。
3 前記第一に認定判断した被告意匠の構成態様及び検甲第二号証ないし検甲第四号証の各一によれば、被告意匠の構成態様はいずれも、
(一) 基布の長さ方向の表面に三条の凸条を有する。
(二) 右の三条の凸条の間及び両側に四本の凹部が形成されている。
(三) 凸条は三条とも同じ太さであり、凸条の間の二本の凹部は同じ太さである。
(四) 凸条の太さは、凸条の間の凹部の太さの四倍前後で、三条の凸条の両側の凹部は、凸条の間の凹部より幾分太い。
(五) 基盤部は約一ミリメートルの厚さを有した密の糸構成となっている。
(六) 凸条は基盤部から約〇・八ミリメートル突出している。
(七) 基盤部の一方の端に近い部分にはトランクスに縫製する際に、上下の方向が分かるように基盤部とは色の異なる一本の細い糸が入っている。
であることが認められる。
4 6207ゴム紐にかかる意匠と被告意匠とを対比すると、両意匠は、2及び3の各(一)ないし(五)及び(六)のうち凸条が基盤部より一ミリメートルに満たない程度突出している点において同じである。6207ゴム紐にかかる意匠の要部は前記(一)ないし(四)の点にあるものと認められるところ、被告意匠はいずれも右要部を具備しているのみか(五)の構成態様、(六)のうち前記の点においても共通している。他方、両意匠は、前記2及び3の各(七)の点及び各(六)のうち突出の高さにおいて相違している。しかし、本件登録意匠出願当時、トランクスに縫製するとき上下方向がわかるよう基盤部と色の異なる糸をゴム紐に縫いつけることがありふれたものであったことは当事者間に争いがなく、また、弁論の全趣旨によれば、基盤部の一方の端に近い部分に、基盤部と色の異なる一本の細い糸を入れないこともまたありふれていたものと認められ、また、検甲第二号証ないし検甲第四号証の各一によれば、被告意匠の基盤部の一方の端に近い部分に入っている糸は細くその色も比較的淡くさして目立たないものであることが認められる。更に、前記2及び3の各(六)の凸条の突出の程度の差は極めて微細なものにすぎない。
このようなことを考慮すると、両意匠の前記の相違点が看者の両意匠から受ける美感に与える影響は極めて小さく、両意匠は実質的に同一であるものと認められる。
5 以上認定判断したところによれば、被告意匠はいずれも本件登録意匠の出願当時の公知意匠と実質的に同一であるから、被告意匠はいずれも本件登録意匠の範囲に含まれないものと認められる。
第三結論
以上の次第で、原告の請求はその余の点を判断するまでもなくいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 西田美昭 高部眞規子 池田信彦)
別紙イ号物件目録、ロ号物件目録、ハ号物件目録及びゴールド・ザック社サンプル写真並びに別添本件登録意匠の意匠登録願に添付の図面代用見本写真<省略>